中野中の足裏庵日記  -18-   ━ 薄明にうたう詩情 - 三岸黄太郎展に寄せて ━


大磯のアトリエで出品作を拝見しながら、私の心は次第にヴェロン村に飛んでいった。
パリ南東100余キロにある閑村ヴェロンに、三岸黄太郎さんが今は亡き母節子とアトリエを構えたのは、すでに30年ほど以前になる。 南仏カーニュでの6年の生活を切り上げ、ブルゴーニュ地方のヴェロンに拠点を移した当初は、南仏の明るい風景から一転した暗い北仏の 風景にとまどったことであろう。が結果的にはブルゴーニュの薄明の世界が黄太郎さんの資質には適っていたのだろう。しだいに制作意欲は 旺盛となり、加速度的に今日に続く独自のスタイルをつくり上げていった。

そのヴェロンのアトリエに1週間ほど私は滞在させていただいた。2月という、まだ冬の名残の季節ということもあったろう、ヴェロンの村は 古めかしい教会を中心に静かなたたずまいを見せていた。
朝まだき、紫色の大気を押しやるように明るみが増し、薄桃色に染めあげ始めるころ、霜の降りた白い屋根のティムニーからスティームの蒸気 が一日の始りを告げるように吹き上がる。 村に明かりが射し始めると、大気は刷いたような薄橙色に立ちあがってくる。夕のとばりは水色から紅紫に、そして濃紺の空に 星が次々ときらめき始める。

「薄明のなかのヴェロン」を見ていただきたい。私の稚拙な言葉よりどれほどヴェロンの様子を語っていることか。 大気は動き、薄明の中に傾いた屋根をのせた土壁の家々が姿を見せてくる。肌に感じる体気温も、大地がまもなく匂い立たせるであろう 香りも、そこには描き込められている。
三岸黄太郎さんの描く世界は静かで寂し気だ。が決して暗くはない。人影はないが孤独でもない。 生きていることの幸せと喜びがある。静かに脈打つ呼気が、誰の心をもアンティームな懐かしさに染めあげてくる。 それこそが三岸黄太郎さんの謳う"詩情"の歌なのだ。

(━ 三岸黄太郎展 ━ 2003.1/15〜/21 日本橋高島屋 同展カタログより )


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