中野中の足裏庵日記  -26-    ヴェロンを謳う三岸黄太郎さん

三岸黄太郎展


某月某日
三岸黄太郎展が開かれている(2003年10月4日〜11月30日)。
会場は長野県北佐久郡北御牧村の梅野記念絵画館・ふれあい館という、あまり聞き慣れていない処だが、ユニークなコレクションと名物館長で知る人ぞ知る美術館である。 辺りは芸術村公園として整備されており、美術館のロビーから眺める浅間連峰はまさに絶景の言葉がふさわしい。ここからの眺望を楽しみに出かけてくる人もいると聞く。

某月某日
展覧会は[北欧の風土と心を描く]とうたわれている。 北欧という響きはドイツ以北を連想させがちだが、パリの緯度が札幌どころか宗谷岬より北に位置することを知れば、そうかと思う。 何よりも冬期にパリに滞在すればそのことが首肯(うなづ)ける。パリから南へ140キロのヴェロンに2年半ほど前の2月に滞在した時、つくづく北国であることを実感した。
そのヴェロンに今夏10余日、三岸黄太郎さんとご一緒させていただき、楽しい日々を体験した。飲まない黄太郎さんと飲兵衛の私との間で交された会話は、いすかのはし(嘴)の如きものであったが、その折にお聞きした話が会場入口にパネル掲示されていた。
「私の絵は写実ではない。生活の中から生まれたものである。ごく自然に自分で見つけたものである。(略) あくまでも私がここでの生活の中で自分の感覚が生活の中でとらえることが出来たと云えるだろう。
説明もない、あくまでも、このヴェロンでの日々の生活の中から生まれた生活の詩である。言葉ではなく、自然に心の中から湧いて来たと云えるだろう。(略) 」
繰り返される[生活の中]。その生活の中から生まれた[生活の詩]、それが自分の絵、つまり黄太郎さんの表現世界なのである。
全40余点。ギリシャやイタリアにイメージを得た作品もあるが、大半はヴェロンが舞台である。チオールの裸木の並木、象徴的な一本の木、茜色に燃える空に浮かび上がる塔のある町、鮮烈な黄色の矩形が印象的な葉の花の咲く頃、木立に囲まれて軒の傾いた白壁の家のある冬のヴェロン・・・すべて日々の暮らしの中から生まれた[生活の詩]である。

某月某日
三岸節子さんはスケッチ魔といわれるほどだったと聞くが、黄太郎さんは少しも現場でスケッチしない。アトリエでもどうやらエスキースもつくらないらしい。目を通して心に沁みついたイメージ、わが血肉となったヴェロンのフォルムと色彩を涌き出るままに筆にまかせる。 そこに生まれ出るのが、しなやかで強固なマティエールに支えられた[生活の詩]なのだ。いつまで見ていても見飽きぬ絵、見るほどに心に沁み入る詩情、ヴェロンの風土、自然と同化一体となりながら、屹然と己れを謳う。そこに三岸黄太郎さん独自の世界が生まれてくるのだ。

三岸黄太郎展2

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