某月某日
トロントの秋は雨降りばかりで、とにかく寒かった。都心のビル群は現代都市の様相をまがりなりにも展開していたが、私が滞在した辺りは閑静で、どことなく田舎のもつ素朴さと温もりがあった。といっても都心のAGO(”Art Gallery of Ontario” ヘンリー・ムアの原形彫刻コレクションで有名)まで歩いて40分という距離なのだが。
某月某日
そのトロントのBeckett Fine Art Galleryへ高輪画廊が送り込んで個展を開催した3人のグループ展が<メープル展>(10月26日〜11月5日)である。案内状にはカナダ国のシンボル、メープル(楓)の葉が赤々と大きく印され、ウィンドーには紅葉の葉が散り敷かれていた。
トロント滞在中の一日、車を駆ってひたすら北へ150km、ボブ湖畔まで紅葉狩りに出かけ、その折に拾い集めてきた一枚一枚なのだ。雨の紅葉狩りは荒涼たる風景の中を往復した。目の限り広がる大地は広く、牧草は緑に茂り、雑木林も斑な紅葉を見せていたが、私の目には粗野で荒々しく寂しげに感じた。ヴェロンのあるブルゴーニュ辺りも広大な風景が広がるが、その冬でさえ私には豊かで優し気に感じたのだが
…。
冬を前にした季節のせいかも知れぬし、北の大地という先入観のせいかも知れぬ。しかしトロントの人々は優しく温かかった。人なつっこく誰もが声を掛け合い、立ち話を楽しんでいた。日本の下町の人々のような情愛の温かさがあった。しかも彼らはしたたかな目の持ち主であった。見知らぬ土地からやってきた画家、有名無名もかかわりなく、自分の目とハートで自分の答えをハッキリ出す人々だ。
それが文化水準というものか。
某月某日
三岸黄太郎さんは今回で4度目、加藤正嘉さんは2度、ぐんと若手の大橋みやこさんは来春2度目の個展が予定されているとか。この人たちにとってもトロントは見知らぬ地であり、見知らぬ人々であった。
そうした地で3人はそれぞれの評価を得、成果を挙げている。三岸黄太郎さんについては先の日記で紹介した如くであり、加藤正嘉さんは、ボブ湖畔で夏の一か月制作に取り組むという貴重な体験をした。大橋さんは未だ日本の実績さえさほどでないのに、最初の個展で大きな作品に赤丸印が付いて本人をも驚かした。これはラッキーという次元でのことではなく、作品の力であり、向こうのコレクターの見識だということなのだ。
某月某日
それにしても、と思う。このように積極的に日本の作家を外国に紹介している日本の画商が果していくつあるのだろうか。しかも日本での売れっ子作家でもない。むしろ彼の地で評価され、新しい価値をつくっていく。そんな戦略を冷静・果敢に推進する画廊主の目も読みも鋭い。