【中野中の足裏庵日記】―43―矢野重弘展
2005/06/06

某月某日
2年ぶり2回目の高輪画廊での個展。季節もちょうど今頃で、梅雨入り直前の初夏の薫風さわやかな時期。
矢野さんはパリはエッフェル塔の近くにアパルトマンを借り、日本と半々の生活を往復しているという。今回もパリやその近郊、あるいはニースなど南仏の風景を中心の発表で、20号から3号まで25点の出品。前回より明るく感じるのは、意識的にワンポイント的に使っている赤色の効果と、画中人物が多く登場することで動感や快活感があるからであろうか。

某月某日
青山義雄の薫陶を受けたということもあって南仏風景は、もちろんその風土に多く依るのだろうが、明るく闊達な画風となる。パリはその点、地理的には北欧圏に入り、風土的にも決して明るくはない。かといってうつうつとした暗さばかりに覆われているわけでもなかろう。その点、矢野さんはパリの陰翳を豊かにとらえ、歴史や建物の重厚さと生活する人々の温もる明るさを的確に表現している。

某月某日
例えば『RUE DE NORMANDIE』(油彩、6F)は通りに面した朝市を描いた作品だが、陽を浴びて照り返る木の葉のキラメキ、その木洩れ陽を浴びる赤い果物や買い物客の肩に揺曳する光の様子が、その場の快活さや生活する人々の温もりを的確にとらえている。パリで生活する矢野さんならではの目と心が感応し捉えた風景といえよう。

某月某日
あるいはもう1点『走る』(油彩、6F)を挙げてみる。朝まだきのパリの街を疾駆する自転車を描いた作品。朝の活動が始まる前、静まる街道を右手に勢いよく走り去る自転車、自転車に乗る男の背、そして赤い帽子が粋でありポイントの効果を挙げてスピード感を盛りあげる。同時に朝まだきの気だるさをとらえたかすかな明りが的確で、その対比が小さな画面の中でせめぎ合い、調和して、いかにもパリの朝を実感させる。
繰り返すが、パリで生活する、日常を送る人の強味がある。旅人ではとらえられない場面、瞬間をとらえ、その風土と生活感を醸出している。

某月某日
70才代を迎えて矢野さんの絵はますます若やいで輝いている。長い年月の土壌を豊かに発酵させているからであろう。若者の発する若さでなく、老境を迎えた画家の若さには円熟の滋味がある。






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