【中野中の足裏庵日記】―49―谷本優子の<おだやかで強い>世界
2006/03/19

某月某日
思うに、アルチザンとアルチストを区別するものはモチベーションにあるといえるだろう。
アルチザンとは職業として絵描きを選ぶ者であるのに対して、アルチストとは人間の生き方として絵を描くことを選ぶ者のことであろう。
谷本優子さんは1973年生まれの、まだ30代前半の若手である。名古屋芸大絵画科を卒業、同大学院を終了、春陽展を主舞台に活躍をはじめたばかりだ。自分の生き方として絵を描く道を選んだということだ。

某月某日
<いつでも、どんな時でもワクワクするもの/太陽/地平線/広い空間そして空気/いいものは、いつもおだやかで強い>
谷本さんはこう詩う。
<おだやかでそして強く>自分の作品もそうありたいと彼女は絵筆をとる。
おしゃれな色彩と洒脱な線条で、抽象的なスパイスをきかせた風景…案内状にこうある。実に的確な紹介であり、よりいっそうそうなってほしいという願望もこめられていよう。
『太陽のかわりに』『オレンジの中のシンボル』『大地のプレゼント』など代赭色や朱・橙色の暖色系と緑や灰白色等の寒色系がたがいに色面としてせめぎ合い響き合って快い空間をつくりあげ、その面と面を横断し交差してヴィヴィッドな線条が走る。そのことで日常的な風景が、<おだやかで強い>風景へと転じる。

某月某日
久保田万太郎に「時計屋の時計春の夜どれがほんと」という句がある。戦後間もなくの昔の時計店だから掛時計や置時計のそれぞれがいろんな時間を指している。いったいどれが本当の時間? 作者はそこに見て思ったことを素直にうたっているのだが、<春の夜>という言葉を選んだことによって、店頭の景色が明確に浮かびあがってくる。ここは春の夜でなければいけないのであって、夏の昼でも秋の夕べでも冬の朝でも、この気分は出ない。

某月某日
風景(対象)と自分との間に生まれる<うそとほんと>のあわいにある真実、その真実を浮上させるキー、生きていま在る自分の、自分だけのキー。絵画であれば色、線、形(フォルム)の三位一体。谷本さんは毎日キャンバスに向かい絵筆を動かしながら、<おだやかで強い>世界を探している。

※谷本優子個展(銀座3・プランタン銀座)


<谷本優子略歴>
・1973 三重県に生まれる
・1995 名古屋芸術大学絵画科 卒業
・1997 名古屋芸術大学大学院 終了
・2004 春陽会 会友推挙




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