中野中の足裏庵日記(67) 新境地(もしくは更なる深まり)への予兆 −近馬治展      
2008/11/19記

『左 近馬氏』

『展覧会初日』

『秋谷』(F4)
某月某日
近馬治さんの、4年ぶり6回目の個展(11月17日〜28日)。フラメンコやサルサの動きのなかの一瞬をとらえた人物や、 日本の風景、季節の花々等のタブローに、ガッシュのデッサンを加えて30点近い出品。


某月某日
近馬治といえば、黒である。若き頃の滞仏時代、フランスの評論家から<コンマ・ノアール>と絶賛された。それがその後のすべて となった。黒を追求し、黒にまみれ惑溺し、突き放しては招き寄せ、黒を徹して研究した。いまも黒にこだわり続けている。
加えて執拗に塗り重ねる。それが使命であるかのように、確かに油絵具の最大の特徴でもある塗め重ねは、誰かが絵具を取り上げる まで止むことを知らぬように。手法が新しかろうが古かろうが、野暮ったかろうがシャレていようが、そんなことは知ったこたあない。 自分の信念に基づいて、自分流を、納得のいくまで追い求める、それだけのことだ。


某月某日
今展は、コテコテの濃厚な黒の中に、見え隠れする色が豊かになったように見受けた。「中華街」と題するM10とF6の2点は、 明らかにカラフルなモティフを意図的に選んだように思えるが、氏の本領であろう「眠る女」(F6)はメトロ内の赤衣の女と 脇の男を描いており、また「龍口寺」(M20)の黒にも微妙な色合いが感じられ、そのことで黒がいっそう深味を増してみえる。
構成的には「雪の三浦坂」(P25)に興味を持ったが、私にとっての収穫(新しい発見)は「ある日」(P8)とデッサンであった。


某月某日
「ある日」は室内の白っぽいソファに坐す黒衣の女の、いささかアンニュイ感を漂わす作品で、背景の机や壁の額などが十分読みとれるほど、コテコテに塗り込まず、空間感が構成され、何よりも女性そのものの表現にデッサンの線を活かした、しなやかで確かなフォルムが目に新鮮だった。本人はもっと塗りたかったのかも知れないが、近馬作品としてはどこか未完的な、ということはまだまだ動きそうな女の肢体と空間感の間合いが何とも言えない微妙さを持って惹きつける。新境地かも知れない。


某月某日
もう一つはデッサンだ。人物も風景も素早い筆線に、作家の震えるようにヴィヴィッドな感性が伝わってくる。ウィンドウに飾られた「ヨット・ハーバー」(M10)は黒の塗り重ねた作品とは趣の違う、つまり異様に長いマストの交響が、わずかな明かりを含んだ曇り空や凪いだ海面に広がり、どこかうら哀しい孤愁の漂いに惹かれたが、デッサンのマストのふるえるような繊細な描線が心に響いた。 また、赤い実をつけた一本の「リンゴの木」も瑞々しかった。「サルサ」「フランメンコ」の素早い筆致など、あらためて近馬さんはデッサンの名手であることを再確認した。
(2008.11.19識)



 『ある日』(M20)

『龍口寺』(M20)

『中華街』(F6)


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