中野中の足裏庵日記(73) <30人の自画像>展       
2010/01/28記


30人の自画像


30人の自画像


30人の自画像


某月某日
私の1年の計は〈新世紀の顔・貌・KAO−30人の自画像〉展で始まる。今年も1月18日から高輪画廊(同28日まで)でスタートして、金沢、大阪、北海道、京都を巡回する。
今年で8回目になるが、図録の巻頭に次のように記した。


某月某日
米露の冷戦が終わり、ベルリンの壁が崩壊して20年。アメリカはオバマ氏を大統領に迎え、日本は民主党が政権を掌握した。地球の、そして人々の営為の流れを変えるべく兆しはあるが、確とした明日へのヴィジョンは描けないでいる。
そんな折、ゴーギャンの〈我々は何処から来たのか、我々は何者か、我々は何処へ行くのか〉(1897年作)が招来され、多くの観客を動員し、大きな話題となった。今さらに、自分は何者なのか、どこへ向かおうとしているのか、個々が問われている。(以下、略。2009.11.17識)


某月某日
自画像なるものはいつ頃から描かれるようになったのか。
画家たちが鏡に映した自分の顔を描き出したのは1400年ごろからだと言われる。もちろん人間が自分の顔に関心を持ったのはギリシャ神話のナルキッソスにまで遡る。古い時代の画家は独立した個として自己主張する存在でなく、いわゆるアルチザンに徹していたし、中世には信仰がキリストやマリア、使徒、悪魔あるいは聖書の物語を伝道普及のために描き、そこにはおよそ自分を描くという考えや動機は入りこまなかった。
ひとつの絵画ジャンルとして自画像が成立するのは、やはりルネッサンス以降で、それはルネッサンス期の人間観が、画家たちに人間存在そのものを宗教の拘束、束縛から解き放って全体的にとらえることを可能にしたのだ。
この時期にすぐれた肖像画が描かれたのも、独立した個性として人間をとらえるようになったことで、それが当然自分という一個の人間に向けられるようになった。
こうした意識はまた観る側にも画家の人間性への興味を高め、自画像への理解・応援があったこともあったであろう。


某月某日
バロック期にはレンブラントが良く知られる。
油彩だけで約60点、版画も加えると100点を越す自画像が残されている。その後は馴染みの画家の自画像が陸続と登場する。ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌに至ると、自画像という主題そのものが強く打ち出されてくる。
日本の自画像の登場はこれらの作品が知られる明治以降となる。〈自我〉もそのころ意識されるようになった。


某月某日
21世紀にはどんな自画像が描かれているのだろうか。個性プラス時代や社会背景を抜きには考えられない。
私の企画する〈自画像〉展では毎回30人、20代から80代の画家たちに様々な表現や思考を見せていただいている。ぜひ多くの方々に見ていただきたい。 (2010.01.28識)


  【巡回日程】
  • 2月4日(木)〜16日(火) 金沢・ひろた美術画廊

  • 3月1日(月)〜10日(水) 大阪・高宮画廊

  • 4月27日(火)〜5月9日(日) 北海道・鹿追町立神田日勝記念美術館

  • 5月18日(火)〜23日(日) 京都・アートスペース東山










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